ビシッと言うべき時に言えない

さて、セラピスト&カウンセラーの向けのアンケートを先日来よりお願いしております。
その中でこんなご意見がありました。
要約してお伝えするとこう。

「厳しい言葉であっても、クライアントさんの為になると思えば言えば良いのでしょうけど
どこまで言えば良いのかわからない」

 
「どこまで」という言葉の意味によって変わってきますが、
つまりは「言いすぎるとマズイ?」と心配しているのかなと。
 
なので今回は、それについてお伝えしていこうと思います。
セラピスト・カウンセラーに関わらず、
人に言うべき時に、言えない方も、しっかり読んでおいてくださいね。
 

「厳しさ」にどんなイメージを持っていますか?

まず、セラピスト・カウンセラー側が
「厳しさ=悪」と思っていると、言わないといけない場面で
間違いなく、ビシッと言えなくなります。
 
頭では「厳しさも必要だ」と理解していても
実際、言うべき時に言えていないのならば「厳しさ=悪」と思っている可能性は大です。
 
ってことは、クライアントに対し、本来向き合うべき点に、向き合わせることが出来ていない、
可能性がある、ということなのですね。
 
 
まさにセラピストやカウンセラーがクライアントに迎合している、
依存している状態だということなのです。
 
 
これでは何のためのセッションか、分からなくなりますね…。
 
もちろん厳しく言うことだけが良いわけではなく
クライアントの状況によって変わってくることは前提ではあります。
 
でも、どうしてビシッと言えない状況に陥ってしまうのか?
 
言い方が分からない?
加減が分からない?
 
問題はそこではありません!
 

チャイルドが怒っている!?

これは子供の頃、親や先生に怒られたことを、いまだに心の中で怒っているんですね。
 
「なんでアタシを怒るのよ!」
「もっと子供の気持ちを受け止めてよ!」
「怒らずに諭すように言ってよ!」
 
そうやって「文句」や「不満」の気持ちを今もなお持ち、
相手を心の中で密かに非難していると思いますよ~(笑)
 
 
だから自分がセラピストやカウンセラーという、
クライアントにとっての精神的「親」の立場に立った時、
ビシッと言うべき時に言えなくなってしまうのです。
 
 
すると甘々なセッションになってしまうわけですね。
それどころか、いつまでたっても問題解決が出来ない、ただ癒すだけのセッションになってしまいます。
それはお互いにとって勿体ないことです。
 

職場関係でも、親子関係でも・・・

ちなみにこれは、
セラピストやカウンセラーに限ったことではありませんね。
会社にお勤めの方で、部下や後輩にビシッと言わなければならない時に言えず、
あいまいにしてモヤモヤしている方は、もれなく「厳しさ=悪」とどこかで思っているはずです。
 
そして厳しい上司や親のことを、未だに心の中で非難していると思います。
 
子供を持つ親も同じですね。
 
子供にビシッと言えない時や、
言った後、いつまででも罪悪感にさいなまされている方は、同じような部分があるはず。
 
ですので、その部分をクリアしていくことが、
リーダーとしても、親としても、自立的な人を育成していく「大事な鍵」になるわけです。
 
特にセラピスト・カウンセラーはこの部分をクリアにしていかないと、
成果の出せないセッションをやり続けてしまうことになります。
 
 
また、クライアントに介入しすぎて、燃え尽き疲れ切ってしまうことになってします。
そのあたりのからくりは次回お伝えしますね。
 
湯川 央恵
 

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