湯川です。
今日も暑い1日でした。ビールがウマいっ!
自分を俯瞰してみる
さて、悩みの渦中にある時は「一刻も早く解決したい!」「この悩みさえ無くなればどれほど楽か!」と思うものです。
ところが不思議な事に、悩む人はその悩みが解決しても、次の悩みをすぐに発見しては、相変わらず、ずーっと悩んでいます。
ちょっと口寂しくなったら、タバコやコーヒー、チョコなどを口にするように、ちょっと考える時間ができたら、すぐに悩みを持ち出しては、あれこれ考える。
「悩みと言うガムを一日中クチャクチャ噛んでいる自分」
そんな姿を、ちょっと想像してみませんか?
いかがですか?なかなかヤバい光景ですよね。
こうやって自分を客観的に見る力は、悩みから抜け出すことのみならず、自立や成長において、欠く事の出来ない力になります。
自己矛盾に気づく力
例えば、、、、、
「自分の意見を押し付けないでよ!」と、心の中で夫に悶々としている人がいるとします。
その人は、自分の思っていることが正しいと信じて疑わないのですが、その人自身が「自分の意見を押し付けてはイケナイという意見を、夫に押し付けている」という自己矛盾に全く気づいていません。
また「あの人はちっとも人の気持ちを分かろうとしていない」と思っても、自分がいかに「人の気持ちを分かろうとしていないか」には全く気づいていません。
それと「人を叩いちゃイケマせん!」と言いながら子どもを叩いているお母さんや、「言いたい事は5分でまとめて言え!」と、1時間かけてクドクド言う上司の自己矛盾(笑)
こういうのに気づく力が客観視できる力なんですね。
メタ認知力、とも言います。
昔の湯川は、夫に対して「あなたは夫として責任を取ろうとしていない!」なんて思っていましたが、そんな自分こそが自分の人生の責任を、全部夫に丸投げして「私を幸せにする責任があなたにはある!」なんて思い込んでいましたからね〜。
どれだけ自分自身が無責任だったのか、そこ、全く見えていませんでしたから〜(苦笑)
自分は特別だという勘違い
このように私達は、自分のことになると「私の場合は特別で」とか「これは特殊なケースで」などと思ってしまうんですね。
こうやって自分を特別視したがるのですが、第三者から見ると「それ、あなたも全く同じことやってるよね」と思える訳です。
つまり他人だと「鏡の法則」が分かるのに、自分のことになると、先ほど言ったような「いや自分の場合は特別で…」なんてことになるんですね。
私達人間はこういう自己矛盾を起こしがちな存在なのです。
言ってることとやってることが違う状態です。
実は、自己矛盾自体が悪いことではなく、むしろ自己矛盾を起こしていることに全く気づいていない、ということが問題。
自己矛盾を無くそうとするのではなく、私達は自己矛盾をしがちな存在なのだ、ということを「認識すること」なんです。
自分が見えていない部分が見えたとき、私達は愕然とします。
同時に「恥ずかしい!」という思いも湧いて来ます。
それがとても大事なんですね。
そして自分を特別視することはやめることです。
自分の振る舞いを第三者から見たらどうなのか?
これを冷静に突き放して見ること。
これが客観視出来る力を身につけることであり、悩みから浮上する時に必要な力でもあります。
*湯川から今日の一言*
「恥ずかしい」と思えるのは客観視できた証拠!